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2006年02月17日

阿漕が浦に引く網

阿漕が浦に引く網
 阿漕が浦(の海岸)で(魚を取ろうとして)引く網。

 「阿漕が浦」は伊勢の国阿濃群の地名。ここは昔、伊勢神宮へ供える魚を取るために網を引いたところで、一般の者には禁漁地であった。それをある漁夫が毎夜こっそり網を引いた。しばらくは知られなかったが、たび重なったので見つかり、罰として海に沈められたという伝説があり、謡曲『阿漕』はそれを脚色したものである。

 古歌に
「伊勢の海阿漕が浦に引く網もたび重なれば人もこそ知れ」
というのがあってしばしば引用されている。

 『古今六帖』には
「あふことを阿漕の島に引く網のたび重ならば人も知りなむ」
という歌がのっているから、かなり古くからの言い伝えである。
 これらの古歌でわかるように、人に隠していることも、回数が多くなると人に知られる意に使う。
 さらに「あこぎ」という語は欲張りで飽くことを知らない、または無慈悲だの意にも使われるようになった。

これぞ「あこぎ」の語源だったのですね。最近、随分多くの「あこぎ」な人たちが「あこぎ」なことをやっています!!
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2006年02月13日

阿衡の佐

阿衡の佐
 「阿衡(あこう)」は殷(いん)の湯王に仕えた伊いんがなった官の名。「阿」は頼ること。「衡」は平らなこと。王が頼りにし、公平をみる者という意味である。「阿衡」といえば伊いんのことをいい、また、伊いんが賢臣だったので、賢臣のこともいう。
賢臣の援助のこと。

 日本では、宇多天皇が藤原基経に「阿衡」の任を与えたとき、これは名だけで職掌がないことから執政の仕事をやめさせられるのだとして基経が怒ってサボタージュした事件で有名。


伊いんの「いん」は伊の人偏がない字なのですが、残念なことに入力できないのですね。
手書きツールでWordではできるのですが、このblogでは、文字化けしてしまうのです。
【出典】も書こうとしたのですが、中国の出典なので難しい字が含まれていて、止めました。
うまくいかないものです。
posted by suzuka at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ことわざ あ行 あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

開けて悔しき玉手箱

開けて悔しき玉手箱
 あけて(みてあとで)悔しい(と後悔する)
 おなじみ浦島太郎の故事。
期待していたものが、いざその場になって結果を見るとまったく予期に反した意外なものであることが分かって残念だというときに用いる。
 浦島の話は古い文献では『日本書紀(雄略記)』『丹後風土記逸文』に、また上に述べた型の話としては『万葉集(1940)』に見えるものが一番古い。

朱を奪う紫
 赤色にとって代わる紫色。
 「朱」は赤色。中国古代では青・赤・黄・白・黒の五色が正しい色とされ、これが着物その他に用いられた。
ところが、深みと重みのある紫色がだんだんと人々の間に愛用されるようになって、赤色が用いられなくなった。孔子などは「紫の朱を奪うのを悪(にく)む」と言って、その傾向を苦々しく見ていた。これから、不正が栄え、悪人のはびこるのにたとえる。

孔子って本当に潔癖症なのですね。何も色のことぐらいで悪(にく)まなくっても……。
posted by suzuka at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ことわざ あ行 あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月06日

挙句の果て

挙句の果て
 (俳諧や連歌の)挙句の(そのまた)最後。
 「挙句」は連歌・俳諧で発句に対応する最後の句をいい、歌仙という形式なら、五七五の発句に始まり七七の脇句と続き、以後交互に五七五、七七とくりかえした三十六句目、最後の七七の句をいう。
最後のそのまた最後ということで、気分的にどたん場、つまりもうこれ以上どうしようもなくなった最終的な結末を、多少悲観的な気持ちをこめてこういう。

同義語で「とどのつまり」があります。ついでにその意味をここに書いておきましょう。

とどのつまり
 トドという(魚の)おしまい。
 ボラという魚は幼魚のときから成長に従ってオボコ・クチメ・スバシリ・イナ・ボラなどと呼ばれる。そのためめでたい出世魚ともされているが、最後がトドであることから、物事の究極の意で「結局は、つまるところは」という意味によく使われる。

せっかくの出世魚なのに、とどのつまりに使われるとは可愛そうな魚ですよね。
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2006年02月04日

悪魔の話をすれば悪魔がきっと現れる

悪魔の話をすれば悪魔がきっと現れる
 Talk (speak) of the devil, ahd he is sure to appear.
 「噂をすれば影がさす」にあたる。
【類】
○Talk of the devil, and he's presently at your elbow.(悪魔のうわさをすればやがてあなたのすぐそばにやってくる。)
○Talk of the devil and he'll appear.(悪魔の話をすれば悪魔は現れるだろう。)
○Talk of the absent and he will appear.―アラビア(いない者のうわさをすると現れる。)
○When the wolf comes into your mind prepare a stick for him.―アラビア(おおかみのことが頭に浮かんだら棒を用意せよ)
○When you mention the wolf,then he comes.―ドイツ(おおかみの話をすると、そのときおおかみは現れる。)
○Speak of angels, and you will hear their wings.(天使のうわさをせよ、そうすればきみは天使たちの羽ばたきを耳にするであろう。)

ふたつの意味があるように思いますね。
ひとつはうわさをすれば影。
もうひとつはいいことを思ったり言ったりすればいいことがあり、悪いことを思ったり言ったりすれば悪いことが起こるというような。
悪魔やおおかみはお呼びではないので、天使のうわさを思いっきりしましょうか♪
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2006年02月02日

悪木盗泉

悪木盗泉
 使い道のない木と、「盗人の泉」といわれる泉。
 曲がりくねっていて使い道のない木でもその陰は涼しい。けれども、昔の潔癖な人々はそうした陰で休んだり、そうした泉で水を飲むと身がけがれると言ってしなかった。
「盗泉」は中国の山東省泗水県の東北にある泉。孔子はそこを通ったときに口がかわいていたが、名前が悪いと言って飲まなかった。
【出典】
悪木之陰不可暫息、盗泉之水無容(アヤマリテモ)飲。〔周書 コウシュン伝〕
(悪い木の陰にはちょっとでも休んではいけない。盗泉の水はまちがっても飲んではならない)

こんな潔癖な人が今どきいるでしょうか! 今、いろんな事件を起こしている人たちに声を大にして言いたいですね!
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2006年01月30日

悪に強ければ善にも強し

悪に強ければ善にも強し
 悪いことをする力が強ければ(その人は)、よいことをいる力も強い。
 たとえ悪事にもせよ一つの行為をやり遂げるには、何事にも負けない強い意志を始め、種々の精神力が必要である。いったん悪の道と手を切って、その意力・能力を正反対の方向に向けるとき、あらゆる障害を排除してよい行いをやり遂げようとすることは明らかである。その道理を述べたもの。
【用例】
悪に強きは善にもと、世のたとへにも言ふ通り、親の嘆きが不便さに、娘の命を助けようと、腹に企みの魂胆を、練塀小路に隠れのねえ、お数寄屋坊主の宗俊が、頭の丸いをさいわひに、衣でしがを忍ぶが岡、神の御末の一品親王、宮の使ひと偽って〔歌舞伎 天衣紛上野初花〕

握髪吐哺(あくはつとほ)
 洗い髪を握り、口に含んだ食べ物を吐き出す。
 賢者を求める気持ちが強いこと。賢者を待たせず、すぐ会うこと。周公が賢者の訪問を受けたとき、洗髪の途中でもその髪を握って会い、食事中でも哺(口の中に入れた食物)を吐き出し、早々に面会した故事をいう。
 人材を求めるのにせわしく、のんびりする暇のないのにいう。
「吐握」「握沐」「吐哺握髪」「吐哺捉髪」などともいう。
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2006年01月28日

悪草は早くのびる

悪草は早くのびる
 Ill weeds grow apace (fast).
 雑草は茂りやすい。「憎まれっ子世にはばかる」にあたる。

【類】
Fools grow without watering.
(ばかは水をやらずとも大きくなる。)―イタリア
An ill weed grows of its own accord.
(雑草はひとりでに成長する。)―フランス
Ill weeds grows soonese and last longest.
(雑草はもっとも早くのび、もっとも長く生きている。)―デンマーク
Ill weeds are not injured by frost.
(雑草は霜にも負けない。)―スペイン

憎まれっ子……というと悪い意味になりますが、雑草のように何にも負けない強い生き方、いいじゃないですか。雑草魂、いいんじゃないですかねえ。
世界的にいろんな言い方があるのですね。でも「ばかは……」はひどいなあ。
posted by suzuka at 16:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ことわざ あ行 あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月26日

悪女の深情け

悪女の深情け
 醜い女の(愛する男に寄せる)深い愛情。
 醜い女ほど、男の愛を失うまいとして、献身的な愛情をささげて男に尽くす。しかし、嫌気のさしてきた男にとってはそれがありがた迷惑であるという情景。
男女間の事柄に限らず、同様な事態について比喩的に使うこともできる。

悪銭身につかず
 (正当な労働によらず不正な方法で労せずして得た)あぶく銭は(すぐさまなくなってしまい)自分の財産とはならない。

これはまさしく今問題になっている株取引や、耐震強度偽装で旨い汁を吸ってきた人たちなどに知ってほしい言葉。
悪銭が身につかないだけでは済まないでしょう。悪事がばれたら何もかも失って、罪を背負うんだから!
 
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2006年01月24日

悪妻は夫の破滅のもと

悪妻は夫の破滅のもと
 A bad wife is the shipwreck of her husband.
悪妻をめとった夫は一生をだいなしにしてしまうとの意。
【類】
 Better no wife than a foolish one.(ばかな妻を持つくらいなら、持たぬ方がまし。)
 A good wife makes a good husband.(よい妻はよい夫を作る。)

悪妻は百年の不作
 よくない妻(と結婚すること)は、百年間の不作続き(と同じような不幸)である。
 昔の農村における不作は餓死へと続く悲劇である。
 「かかあはずすと六十年の不作」に比べ、人間の一生を越える「百年」は誇張の上の誇張であるが、そのくらい、本人はもちろん、第三者が見てさえ、悪い妻は夫にとって不幸のもとであるというわけ。

洋の東西を問わず、悪妻は不幸のもとらしい。しかし、それもお互い様。女性のほうからも言いたい。女性側からのことわざがないのは、封建時代のせい? 
今は熟年離婚で、長年絶えた良妻がさっさと悪夫を見捨てる時代か?
posted by suzuka at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ことわざ あ行 あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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