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2006年06月07日

ありのすさび

ありのすさび
 あること(にまかせてまじめに扱わず、いいかげんにする)のなぐさみ。
『源氏物語』の桐壺の巻の中で、天皇の愛をひとりじめにしてほかの夫人が、死んでから人柄のよさゆえに慕われたというところに引用されている「なくてぞ」という句は、
「あるときはありのすさびににくかりきなくてぞ人は恋しかりける」
という古歌によると言われ、それで有名になっている。

あるが上にもほしがる
 Much will (would, shall) have more.
 人間の欲の際限なさをいう。
ケリーの『ことわざ集』には、
 Mickle would ay have more …. Spoken of the insatiable desire that rich men have after wealth.
(あるが上にも欲しがる。これは金持ちが富を求める貪欲について言ったものである。)とある。
【類】
○Appetite grows with eating.(食欲は食べるにつれて増す。)
○Avarice increases with wealth.(貪欲は富とともに増大する。)
○Avarice is never satisfied.(貪欲は満たされることがない。)
○The more one has, the more he desires.(人は多く持てば持つほどほしがる。)
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2006年06月05日

荒い風にも当てない

荒い風にも当てない
 強い風の吹くとき外へ出して、風に当てるような育て方さえしない。
そのように子どもを大事にすることの形容。

嵐の前の静けさ
 あらしが襲ってくる直前、不思議に風が静まって一瞬不気味な静寂のおとずれることがある。
そのように、人間の社会で大きな紛争・動乱などがおきる直前、底では刻々爆発のためのエネルギーをたくわえ、表面的には薄気味の悪い小康・平穏状態が保たれることにいう。

蟻の思いも天にのぼる
 小さな虫けらであるアリが願っていることも、その気持ちがかなって天に届くことがある。 
 どんなつまらぬ者の一念も、その思いが強く、あくまで実現させようと思い続けていれば、それがかなって望みがとげられるというたとえ。
「蟻の天上(=昇天)」ともいう。
【類】
○ひき(=ガマガエル)の息さえ天にのぼる
○一念天に通ず
○思う念力岩を通ず

最近、子どもの受難が続きますね。出生率が極端に落ち込んでいるというのに。
一体、日本に未来はあるのでしょうか???
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2006年06月01日

過ちは好む所にあり

過ちは好む所にあり
 失敗は自分の好きなところのことにおいて起きる。
 好きなじょうずなことには油断するから、えてしてよく失敗する。
「河童の川流れ」「猿も木から落ちる」「弘法も筆の誤り」ということわざはそれをいったもの。

過つは人の性、許すは神の心
 To err is human, to forgive divine.
「あやまちは人の常、許すは神の業」とも訳される。
 人間はあやまちを犯しやすく、神はこれを許してくださる。
神は人間に「考える力」を与えた。
人間は考える葦である。
しかし人間は考えるためにかえってあやまつ。(本能で動く動物はあやまちをしない)しかし、人があやまってもなお神はそれを許す。
ギリシャ=ローマのことわざ Humanum est errare.(=To err is human.)より出たもの。

 最近は、子が親を殺すなどという悲惨な事件が頻発しています。
今、人間は動物以下になっていませんか?
それでもなお神は許すのでしょうか???

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2006年05月29日

危うきこと虎の尾を踏むが若し

危うきこと虎の尾を踏むが若し
 尾を踏めば、トラはおこって、その人にかみくつだろう。トラの尾をふむことは危険きわまりないことである。
 そこで、危険この上ないときにたとえていう。
「虎尾を履む(こびをふむ)」「虎の尾を踏む」ともいう。
【出典】
〔書経 君牙篇〕

危うきこと累卵の如し
 そのあぶなっかしいことは、積み重ねた卵のようである。
いつくずれるかも分からない危なっかしいことにたとえる。
「累卵の危うき」ともいう。

過ちては改むるに憚ることなかれ
 まちがいをしたとき、それを改めると、自分の対面とか、威厳とかに傷がつくように恐れるものだが、それを恐れてはならない。
【出典】
 子曰、「過則勿憚改。」〔論語 学而篇〕
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2006年05月22日

雨が降れば必ず土砂降り

雨が降れば必ず土砂降り
 It never rains but it pours.
 悪いことは重なって起きるもの。「泣き面に蜂」にあたる。
【類】
 It never thunders but ir rains. ―イタリア
(雷が鳴ればかならず雨が降る)

雨塊を破らず
 雨が土のかたまりを壊さない。
 周公が上にあって天下を治めたときには天下泰平で、雨も静かに降り、土のかたまりを壊さず、風もゆるやかに吹いて枝に音を立てなかったという。
太平で世の中がよく治まっていることにたとえる。
【出典】
〔塩鉄論 水旱篇〕
【類】
 吹く風枝を鳴らさず

雨の降る日は天気が悪い
 ちょうどこの言葉のように、至極当然でわかりきった話だというときに引き合いに出す文句。

雨は花の父母
 草木が花芽を作って花を咲かせるには、実際には種々の条件が必要であるが、昔の人は春雨のうるおいによって花が開くと考え、このように言ったもの。「花」とはサクラの花をさす。

雨降って地固まる
 水がしみ込むと土壌の粒子の間隔が狭くなるので土が固くしまってくる現象。ごたごたが起きたが、その結果、かえって物事が円満に納まることにいう。
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2006年05月17日

蛙鳴蝉躁

蛙鳴蝉躁(あめいぜんそう)
 カエルの鳴き声やセミの騒ぎ声。
 カエルやセミががやがやいうのは、やかましくうるさいものである。
そこで、つまらぬ文章や議論をあざけっていうことばになった。
【出典】
〔韓愈 平准西碑 儲欣評〕

黄牛に突かれる
 毛色が茶色がかった黄色のあめウシに角で突かれる。
「黄牛(あめうし)」はおとなしいとされているが、それをばかにして油断したら、角で突かれたというので、うっかり油断して弱い者などからやっつけられることにいう。
「雌牛に腹突かれる」ともいう。
【類】
侮り葛(あなずりかずら)に倒れすな(=軽蔑したつる草につまづいて倒れるな)
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2006年05月15日

網にかかった魚

網にかかった魚
 いったん網にはいってしまえば、もう逃れることはできず、人間の手の中に落ちてしまう。
そのように、ある運命・境遇に落ち込んで、そこから逃げ出す手段を失った状態をたとえる言葉。
「網の魚」ともいう。

網にかかるは雑魚ばかり
 大きな魚は網の目をくぐるのがじょうずで、なんとかかんとか逃げてしまう。網に追い入れたつもりでも、実際に漁師の舟に引き揚げられたのを見ると小魚ばかり。
人間世界も同様で、悪事をあやつっていた大物はうまく逃げ、いつも罰せられるのは末端の小悪人ばかり。悪の根源がいつまでも取り除かれない世の中を嘆いていうことわざ。

網の目に風はたまらぬ
 網の目に風は吹きぬけて止まらない。
止めようとしても止まらない、そうした徒労な感じをいうときに使う。しかもだれが見ても止まらなくて当然だという感じが一方にあるから、その空しさがよけい強調される。
「たまる」は「とまる」と同じ語。
「蜘蛛の網に風たまらず」ともいう。
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2006年05月11日

余り多くつかむ者は結局何物も得ない

余り多くつかむ者は結局何物も得ない
 He that grasps at too much holds nothing fast.
'grasps at'は正しくは「つかむ」ではなくて「つかもうとする」の意。つまり、あまり多くをつかもうとする者は、何物も確保できないことをいう。

阿弥陀も銭で光る
 阿弥陀如来のような仏像でも、金銭の力で光を放つ。
万事金の世の中。

網呑舟の魚を漏らす
 網が舟を飲み込むほど大きい魚を漏らしてしまう。
 網の目が大きいので大きな魚が漏れてしまうことを、法律の網が大まかなので、大悪人がどんどんと漏れてしまうことにたとえる。
【出典】
〔史記 酷吏列伝〕
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2006年05月08日

甘い物に蟻がつく

甘い物に蟻がつく
 蟻とは人をたとえたもので、うまい汁の吸えるところには欲深い人間が群がるという意味である。
好況下の証券界、汚職の種の利権など、最も甘いものである。
「蟻の甘きにつく如し」
「群蟻羶(グンギセン)につく(=たくさんの蟻が生臭い肉にたかる)」ともいう。

雨垂れ石を穿つ
 雨だれも石に穴をあける。
屋根から流れ落ちる雨だれは、石に穴をあけるような鑿をもっているわけではないが、長い間にはついに穴をあけてしまう。
微力なものでも続けていると大きな仕事をすることをいう。
「点滴石を穿つ」
「水滴りて石穿つ」ともいう。
「塵も積もれば山となる」と同じ。
【出典】
〔前漢書 枚乗列伝〕

インターネット上には甘い儲け話が山ほどあります。砂糖に蟻がたかるようなことはせず、コツコツと地道な努力を続けていると「雨垂れ石を穿つ」ほどの大きな仕事をすることになるでしょう。
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2006年05月03日

油を売る

油を売る
 なすべき仕事はおるすにし、よけいなおしゃべりをして時間をつぶすことの形容。

阿呆の高笑い
 ばか者のよくやる大笑い。ばか者は物事の裏表を慎重に考える能力がない。慎重さを欠き、つつしみを欠くばか者は、笑うときにも前後を顧みない。

阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐ
 愚か者ののばしている長い鼻毛でトンボをつなぐことができる。
鼻毛を長く伸ばしているようすは見た感じも悪く、だらしのない人間のように思われる。
逆に言えば、愚かな人間にはだらしなく、なりふり構わず、鼻毛も伸び放題というのが多い。
トンボをしばることができるほど鼻毛が長いとは、その愚かさの誇張である。

「阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐ」なんて初めて聞きました。
愚か者呼ばわりされないように気をつけなくてはいけませんね。
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2006年05月01日

虻蜂取らず

虻蜂取らず
 二つまたは多くのものを得ようと欲張って、結局一つも得られなくなることのたとえ。
 もと、クモが網を張って虫を取ろうとしたときのさまから言ったものか、という節がある。
【類】
 二兎を追うものは一兎をも得ず

脂に描き氷に鏤(ちりば)む
 脂肪のかたまりに絵をかき、氷のかたまりに物を刻む。
 バターの上に絵をかき、氷のかたまりにものを彫刻すること。いくら時間をかけ心をこめて上手に絵をかき、彫刻をしても少し暖かになればあとかたもなく消えてしまう。
骨折るばかりで功のないことにたとえる。
「氷に鏤め脂に描く」ともいう。
【出典】
内無其質、而外学其文、雖有賢師・良友、若画脂鏤冰。
費日損功。〔塩鉄論 殊路篇〕
(内部にそれだけの素質がないのに、外部だけその飾りを学ぶのは、賢い先生や友人があっても、脂肪のかたまりに絵をかき、氷のかたまりにものを刻むようなものです。日を消費し手間を損します。)
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2006年04月26日

阿堵物

阿堵物(あとぷつ)
 この物。
 「阿堵」というのは六朝時代の俗語で、「この」ということ。
六朝の晋の王衍は銭を卑しいものと考え、「銭」と言ったことがなかった。
そこでかれの妻が「銭」と言わせようとしてかれが寝ているときに銭をかれのベッドのまわりにまき散らして歩けないようにしておいた。
かれは翌朝おきてそれを見ると、下女を呼んで、「この物をすっかりかたづけなさい」と言ってかたづけさせ、どこまでも「銭」と言わなかった。
このことから、「この物」といえば銭のことをいうことになった。
【出典】
〔世説新語 規箴篇上〕

穴があったら入りたい

あばたもえくぼ

あぶない事は怪我のうち
 危険な事はけがの中にはいる。
 危険な事はすでに事故そのものであると、考えるくらいのいき方でいれば、間違いがないという教訓で、結局「君子危うきに近寄らず」と同じ意味になる。
「怪我」は元はあやまち・失敗の意味。

あぶない橋を渡る
 くさって今にも崩れ落ち、踏み抜きそうな木の橋を知りながら危険を冒して渡る。
そのように危険を冒すこと、ことに法にそむいて、警官の目をのがれながら生活するようなことにいう。

「阿堵物」なんて初めて聞きましたが、昔は清廉潔白な人がいたものです。
ちょっとこだわりすぎのように思いますが……。
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2006年04月24日

後足で砂をかける

後足で砂をかける
 人から恩を受けたのに、それに報いるどころか、逆にその人を裏切るような行為をすることにいう。

跡追う子に引かれる
 立ち去ろうとする自分のあとを慕って追ってくる子に心を引かれて去り難い思いがする。
 子までなした仲なのに、婚家から追われたり、里方で夫に愛想をつかして無理に実家へ連れ戻されたりする場合の女心。
子どもは夫のもとに残るのだが、自分を慕う子に、たとえ自分自身が夫に見切りをつけて離婚する場合でも後ろ髪を引かれる思いであるという情景。

後の雁が先になる
 列になって飛んでいくガンの中のおとの方を飛んでいたガンが仲間を追い越して前になる。
 ほかの鳥と違って一列になって飛ぶガンに注目したことば。今まで遅れ、劣っていたものが先のものをしのぐ状態になったときに使う。
「後の烏が先になる」ともいう。

後の祭
 祭の翌日の意。 かつてはこの日は休みであったり、祭の道具・施設の後片付けや関係者の宴会が行われたりしたが、すでに祭そのものは終わっており、祭に参加・見物のために来るつもりがこの日にやって来たのではなんにもならない。
したがって、もはや手遅れで役に立たないときにこのことばを使う。
西洋では「市の一日あと」などという。
しかし、もとは人の死後の祭の意味で、生きている間にいろいろ尽くしてやらず、死んでから供養しても間に合わないということであったらしい。

後は野となれ山となれ
 自分にとって大事な仕事が終わったあとは、野になるならなれ、山になるならなれ、どうなってもかまわない。

後腹が痛(や)める
 出産のとき、無事子どもは生れたが、あとで腹が痛むように、物事が終わったあとになって、それに関連して苦しい目にあう。

以上、「後」シリーズでした。
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2006年04月19日

暑さ寒さも彼岸まで

暑さ寒さも彼岸まで
 残暑の暑さや余寒の寒さも秋・春の彼岸までのことで、それが過ぎると気候が穏やかになる。
 
羹に懲りて膾を吹く
 熱い吸い物にこりて冷たい肉のなますを吹く。
 熱い吸い物にやけどした者がそれにこりて、次からは、ばか用心して冷たい肉のなますまでふうふう吹いて食べること。
一度の失敗にこりてばか用心するのにたとえる。
【出典】
 〔楚辞 九章 惜誦〕
【類】
○黒犬にかまれて赤犬におじる
○蛇に噛まれて朽ち縄におじる

当て事は向こうからはずれる
 当てにしている事は予期どおりにはいかず、向こうの事柄の方から期待に反した結果に終わるものだ。
 思い通りに行かないのは、自分に失策があったからではなく、その前に事柄自体が自然と自分の希望に沿わない方向に動いていってしまうというのでうる。
「当て事とふんどしは向こうからはずれる」ともいう。これは越中ふんどしのことで、はずそうと思わないのに、自然とはずれやすいという意味である。
身近な、具象的なたとえを借りて当て事のはずれやすさを強め、印象付けたもの。

今や、ふんどしなんて身近じゃありませんけどね……。
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2006年04月17日

遏雲の曲

遏雲(あつうん)の曲
 雲の足を止めるほどの節まわし。
 薛譚(せったん)は秦青(しんせい)に歌をならった。じょうずにもならないうちに、すっかりじょうずになったと思って、故郷に帰ることにした。
秦青は彼を引き止めないで、郊外の道の辻まで送り、手拍子を取って、悲しそうに歌を歌った。
その声は林の木を震わせ、その響きは行く雲をとめた。
そこで、薛譚は自分の及ばないことをさとり、秦青のところに帰り、死ぬまで帰ると言わなかったという。
このことから、じょうずな歌のことをいう。
【出典】
列子 湯問篇
【類】
梁塵を動かす

己を知れということでしょうか。「○○○ののど自慢」など、下手な人の歌は聞くに耐えません。
posted by suzuka at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ことわざ あ行 あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

中らずと雖も遠からず

中らずと雖も遠からず
 的中していなくても、ひどく的からははずれていないこと。
間違っていても、ひどい間違いではないときにいう。
【出典】
心誠求之、雖不中不遠矣。〔大学〕
(なんでも心の中で真剣に求めれば、的中していなくても遠くははずれていない。)

当たるも八卦当たらぬも八卦
 「八卦」とは易で算木に表われる八種の形のことを言い、易者は筮竹を使って算木で卦を表わし、それによって占う。
それから、占い一般のことをも八卦と言う。占い・予想などは当たることも当たらないこともあり、かならずしも信ずるには足りない、という不信感を表わし、また、だからためしに信じてみなさいというときにも使われる。
【類】
○合うも不思議合わぬも不思議。
○合うも夢合わぬも夢。

あちら立てればこちらが立たぬ
 むこうの人に義理を立てると、こちらの人に対する義理が立たない。
両方から板ばさみになって困っている場合の形容である。
このあとにさらに、「両方立てれば身が立たぬ」と続けて言うこともある。
【類】
○あなたを祝えばこなたの恨み
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2006年04月10日

新しい酒は新しい皮袋に

新しい酒は新しい皮袋に
 New wine is put into fresh wineskins.
「新しい酒」とはキリストの教えを意味する。
キリストの教えは、パリサイ人のごとき腐敗した心にはふさわしくなく、聖霊によって一新した信徒の心にのみふさわしいの意であるが、一般には、新しい思想、内容を入れるには新しい形式が必要であるの意に用いられる。
【出典】
『新約聖書』マタイ伝第九章十七節
Neither is new wine put into old wineskins; if it is, the skins burst, and the wine is spilled, and the skins are destroyed; but new wine is put into fresh wineskins, and so both are preserved.
(だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそんなことをしたら、その皮袋は張り裂け、酒は流れ出るし、皮袋もむだになる。だから、新しい酒は新しい皮袋に入れるべきである。そうすれば両方とも長持ちがするであろう。)

新しい箒は三日の間はよい
 A new broom is good for three days.
 人は就職したてはまじめで仕事ぶりがよいが、すぐになまけることを覚えるというたとえ。
【類】
A new broom sweeps clean.
(新しい箒はきれいに掃ける。)
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2006年04月06日

頭隠して尻隠さず

頭隠して尻隠さず
 自分は完全に隠したつもりでも、かならずぬかりがあって隠しおおせるものではなく、思いがけないところでぼろが出るものだということ。
【類】
 ○雉の隠れ
 ○身を隠し影を露わす

頭剃るより心を剃れ
 (改心の情を示すために)頭髪を剃るより心(中の悪)を剃り落とせ。
 形を改めたが心はいっこうに改まらない、そうした傾向を戒めて、形よりもまず心だと教えることわざ。

頭でっかち尻すぼり
 始めは大きく堂々としているが、次第に威勢が悪く内容が貧弱になり、最後は……という、ものの状態の形容。
【類】
 竜頭蛇尾

頭の上の蠅を追え
 よけいな人の世話をやくよりも前に、自分自身の始末をするのがかんじんだということ。
「己の……」ともいう。

頭の黒い鼠
 主人の家の財産をねらう雇い人、また、犯人が人間でないように見えて、実は人間だったという場合に使う。

頭の濡れぬ思案
 遠い将来のことについて考え、計画したり心配したりするよりも、今わが身にかかわること、とくに降りかかってくる災難について対策をたてることが大切だという意味。

「頭の濡れぬ思案」というのはあまり聞きませんでしたが、なるほどなと思わされますね。
以上、頭シリーズでした。
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2006年03月30日

あだし野の露鳥辺野の煙

あだし野の露鳥辺野の煙
 あだし野の(墓地におく)露と、鳥辺野の(火葬場に立ちのぼる)煙。
 「あだし野」は京都市嵯峨の奥にあって昔火葬場があった。
露も煙もはかなく消えることから人生の無常をたとえることば。鳥辺野の煙は火葬の煙のことであるから、あだし野の露はおもに土葬された場合について言って対比させたものと考えることもできる。
日本では火葬は西暦700年に始まったといわれている(=『続日本記』文武天皇四年の条)が、のち火葬・土葬は並んで行われた。

【用例】
 あだし野の露消ゆるときなく、鳥部山の煙立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、いかにもののあわれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。〔徒然草 七段〕

あだ花に実は成らぬ
 雄花に実は成らない。
 「あだ花」とは実を結ばない花のことであるが、キュウリ・カボチャのように雄花・雌花の別がある場合、実のならない雄花のことをいうと見てもよい。
 見かけだけりっぱでも本当に値打ちのないものはりっぱな結果をあげることはできないことを教えたことわざ。

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2006年03月27日

東男に京女

東男に京女
 関東の男に京都の女。
 男は男らしく強く、女は女らしくやさしくを理想としての組み合わせ。
 しかし、このような取り合わせのことわざは非常に多く、「京男に伊勢女」「越前男に加賀女」「名古屋男に岐阜女郎(女)」「越後女に上州男」のように、比較的狭い範囲の地名を並べていうのが普通である。

汗とあぶらのかたまり
 (働いて流した)汗とあぶらのかたまり。
 心労と努力を重ねた結果出来上がった物事を形容することば。激しい労働に従事している人が汗みずくになり、あぶら汗を顔に浮かせている様をそのままに表現したものである。

遊びの最も面白き時、最も去るによし
 When the play is best it is best to leave.
 潮時がかんじんだということ。
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