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2006年05月29日

危うきこと虎の尾を踏むが若し

危うきこと虎の尾を踏むが若し
 尾を踏めば、トラはおこって、その人にかみくつだろう。トラの尾をふむことは危険きわまりないことである。
 そこで、危険この上ないときにたとえていう。
「虎尾を履む(こびをふむ)」「虎の尾を踏む」ともいう。
【出典】
〔書経 君牙篇〕

危うきこと累卵の如し
 そのあぶなっかしいことは、積み重ねた卵のようである。
いつくずれるかも分からない危なっかしいことにたとえる。
「累卵の危うき」ともいう。

過ちては改むるに憚ることなかれ
 まちがいをしたとき、それを改めると、自分の対面とか、威厳とかに傷がつくように恐れるものだが、それを恐れてはならない。
【出典】
 子曰、「過則勿憚改。」〔論語 学而篇〕
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2006年05月22日

雨が降れば必ず土砂降り

雨が降れば必ず土砂降り
 It never rains but it pours.
 悪いことは重なって起きるもの。「泣き面に蜂」にあたる。
【類】
 It never thunders but ir rains. ―イタリア
(雷が鳴ればかならず雨が降る)

雨塊を破らず
 雨が土のかたまりを壊さない。
 周公が上にあって天下を治めたときには天下泰平で、雨も静かに降り、土のかたまりを壊さず、風もゆるやかに吹いて枝に音を立てなかったという。
太平で世の中がよく治まっていることにたとえる。
【出典】
〔塩鉄論 水旱篇〕
【類】
 吹く風枝を鳴らさず

雨の降る日は天気が悪い
 ちょうどこの言葉のように、至極当然でわかりきった話だというときに引き合いに出す文句。

雨は花の父母
 草木が花芽を作って花を咲かせるには、実際には種々の条件が必要であるが、昔の人は春雨のうるおいによって花が開くと考え、このように言ったもの。「花」とはサクラの花をさす。

雨降って地固まる
 水がしみ込むと土壌の粒子の間隔が狭くなるので土が固くしまってくる現象。ごたごたが起きたが、その結果、かえって物事が円満に納まることにいう。
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2006年05月17日

蛙鳴蝉躁

蛙鳴蝉躁(あめいぜんそう)
 カエルの鳴き声やセミの騒ぎ声。
 カエルやセミががやがやいうのは、やかましくうるさいものである。
そこで、つまらぬ文章や議論をあざけっていうことばになった。
【出典】
〔韓愈 平准西碑 儲欣評〕

黄牛に突かれる
 毛色が茶色がかった黄色のあめウシに角で突かれる。
「黄牛(あめうし)」はおとなしいとされているが、それをばかにして油断したら、角で突かれたというので、うっかり油断して弱い者などからやっつけられることにいう。
「雌牛に腹突かれる」ともいう。
【類】
侮り葛(あなずりかずら)に倒れすな(=軽蔑したつる草につまづいて倒れるな)
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2006年05月15日

網にかかった魚

網にかかった魚
 いったん網にはいってしまえば、もう逃れることはできず、人間の手の中に落ちてしまう。
そのように、ある運命・境遇に落ち込んで、そこから逃げ出す手段を失った状態をたとえる言葉。
「網の魚」ともいう。

網にかかるは雑魚ばかり
 大きな魚は網の目をくぐるのがじょうずで、なんとかかんとか逃げてしまう。網に追い入れたつもりでも、実際に漁師の舟に引き揚げられたのを見ると小魚ばかり。
人間世界も同様で、悪事をあやつっていた大物はうまく逃げ、いつも罰せられるのは末端の小悪人ばかり。悪の根源がいつまでも取り除かれない世の中を嘆いていうことわざ。

網の目に風はたまらぬ
 網の目に風は吹きぬけて止まらない。
止めようとしても止まらない、そうした徒労な感じをいうときに使う。しかもだれが見ても止まらなくて当然だという感じが一方にあるから、その空しさがよけい強調される。
「たまる」は「とまる」と同じ語。
「蜘蛛の網に風たまらず」ともいう。
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2006年05月11日

余り多くつかむ者は結局何物も得ない

余り多くつかむ者は結局何物も得ない
 He that grasps at too much holds nothing fast.
'grasps at'は正しくは「つかむ」ではなくて「つかもうとする」の意。つまり、あまり多くをつかもうとする者は、何物も確保できないことをいう。

阿弥陀も銭で光る
 阿弥陀如来のような仏像でも、金銭の力で光を放つ。
万事金の世の中。

網呑舟の魚を漏らす
 網が舟を飲み込むほど大きい魚を漏らしてしまう。
 網の目が大きいので大きな魚が漏れてしまうことを、法律の網が大まかなので、大悪人がどんどんと漏れてしまうことにたとえる。
【出典】
〔史記 酷吏列伝〕
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2006年05月08日

甘い物に蟻がつく

甘い物に蟻がつく
 蟻とは人をたとえたもので、うまい汁の吸えるところには欲深い人間が群がるという意味である。
好況下の証券界、汚職の種の利権など、最も甘いものである。
「蟻の甘きにつく如し」
「群蟻羶(グンギセン)につく(=たくさんの蟻が生臭い肉にたかる)」ともいう。

雨垂れ石を穿つ
 雨だれも石に穴をあける。
屋根から流れ落ちる雨だれは、石に穴をあけるような鑿をもっているわけではないが、長い間にはついに穴をあけてしまう。
微力なものでも続けていると大きな仕事をすることをいう。
「点滴石を穿つ」
「水滴りて石穿つ」ともいう。
「塵も積もれば山となる」と同じ。
【出典】
〔前漢書 枚乗列伝〕

インターネット上には甘い儲け話が山ほどあります。砂糖に蟻がたかるようなことはせず、コツコツと地道な努力を続けていると「雨垂れ石を穿つ」ほどの大きな仕事をすることになるでしょう。
posted by suzuka at 10:50| Comment(1) | TrackBack(0) | ことわざ あ行 あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月03日

油を売る

油を売る
 なすべき仕事はおるすにし、よけいなおしゃべりをして時間をつぶすことの形容。

阿呆の高笑い
 ばか者のよくやる大笑い。ばか者は物事の裏表を慎重に考える能力がない。慎重さを欠き、つつしみを欠くばか者は、笑うときにも前後を顧みない。

阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐ
 愚か者ののばしている長い鼻毛でトンボをつなぐことができる。
鼻毛を長く伸ばしているようすは見た感じも悪く、だらしのない人間のように思われる。
逆に言えば、愚かな人間にはだらしなく、なりふり構わず、鼻毛も伸び放題というのが多い。
トンボをしばることができるほど鼻毛が長いとは、その愚かさの誇張である。

「阿呆の鼻毛で蜻蛉をつなぐ」なんて初めて聞きました。
愚か者呼ばわりされないように気をつけなくてはいけませんね。
posted by suzuka at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ことわざ あ行 あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

虻蜂取らず

虻蜂取らず
 二つまたは多くのものを得ようと欲張って、結局一つも得られなくなることのたとえ。
 もと、クモが網を張って虫を取ろうとしたときのさまから言ったものか、という節がある。
【類】
 二兎を追うものは一兎をも得ず

脂に描き氷に鏤(ちりば)む
 脂肪のかたまりに絵をかき、氷のかたまりに物を刻む。
 バターの上に絵をかき、氷のかたまりにものを彫刻すること。いくら時間をかけ心をこめて上手に絵をかき、彫刻をしても少し暖かになればあとかたもなく消えてしまう。
骨折るばかりで功のないことにたとえる。
「氷に鏤め脂に描く」ともいう。
【出典】
内無其質、而外学其文、雖有賢師・良友、若画脂鏤冰。
費日損功。〔塩鉄論 殊路篇〕
(内部にそれだけの素質がないのに、外部だけその飾りを学ぶのは、賢い先生や友人があっても、脂肪のかたまりに絵をかき、氷のかたまりにものを刻むようなものです。日を消費し手間を損します。)
posted by suzuka at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ことわざ あ行 あ〜 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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